ラーメン二郎について
そう、これからラーメン二郎の話をしよう。
近年、市民権を得て久しい我々の心の拠り所、愛すべき豚の餌、ラーメン二郎の話だ。
思い起こせば、20歳、亀戸店にて二郎童貞を捨ててからというもの、私の人生には無くてはならないものとして君臨し続けている。
以来、人生の転機には必ず、私はラーメン二郎を食べていた。
編入学入試の前に食べた仙台二郎の小豚の味など、未だに覚えている。
大学時代は、ラーメン二郎がいわば私のアイコンだったといっても過言ではない。
そんな魂の食物、ラーメン二郎だが、悲しきかな、私の地元、いわき市に正式な暖簾を分けた店は無い。
県内だと会津若松店があるが、いわきからの直線距離だと仙台と変わらないのである。
そう、仙台か東京に行かなければ、僕は二郎が食べられないのだ。由々しき事態である。
大学時代、後輩達が作ったWe Go To Jiroという頭の悪いメロディックスピードメタルチューンにのせ、二郎への愛を歌いあげていた、この私が、なんてざまだ。
ここではいかにして私がいわきにて渦を巻いた二郎欲を鎮めているかを紹介する。
・二郎インスパイアに行く
そう、ここいわきには本家二郎は存在しないが、二郎インスパイアならかろうじて存在するのである。小名浜にあるラーメンノア、好間にある麺屋BEBE、郷ケ丘にあるでぽっと、優勝軒の富士そば等、こびへつらいセルアウトしたインスパイア達が、いわきには存在する。そう、私は魂を売ってでも、二郎欲を鎮めていたのだ。
・家系に逃げる
幸い、いわきには横浜らーめんとんこつ家という上質な家系が存在する。二郎欲は満たされないが、アブラを摂取するには良い店である。最近では家系二郎という家系で二郎インスパイアをやるという背徳のメニューが考案されたので好都合である。
・遠征する
そう、無ければ、行けば良いのだ。仙台か東京に、二郎を求め、旅だてば良いのである。仙台、もしくは東京に行けば、本家二郎はおろか、上質なインスパイアなど腐るほど存在するのだ。特に遠征先で多いのは仙台二郎。量、味、共に世界最高峰の二郎を出してくれる。余談だが、私は仙台二郎に救われた。一度や二度ではない、仙台二郎が私のメシアだった。救世主に会いに行くのに何をためらう必要がある、そうだ、遠征をしよう。
最後に、ラーメン二郎、社訓を掲載する。
一、清く正しく美しく、散歩に読書にニコニコ貯金、週末は釣り、ゴルフ、写経
二、世のため人のため社会のため
三、Love & Peace & Togetherness
四、ごめんなさい、ひとこと言えるその勇気
五、味の乱れは心の乱れ、心の乱れは家庭の乱れ、家庭の乱れは社会の乱れ、
社会の乱れは国の乱れ、国の乱れは宇宙の乱れ
六、ニンニク入れますか?